土岐明智氏一族妻木氏の江戸初期の居館(陣屋)
別名
妻木城士屋敷(つまきじょうさむらいやしき)
所在地
岐阜県土岐市妻木町
形状
館
現状・遺構
遺構等:曲輪、石垣、井戸跡、池跡、標柱、説明板
満足度(10点満点)
5点
訪城日
2008/05/05
歴史等
妻木城跡の遺構は山上と山麓に存在する。
山上の妻木城は、土岐明智氏一族の妻木氏代々の居城であった。妻木氏は天正10年(1582)の本能寺の変後、金山城(可児市)
主森氏の与力であったと思われる。
妻木氏は慶長5年(1600)の関ヶ原合戦で東軍(徳川方)に味方し、岩村城
(恵那市)を攻略する。その戦功により土岐郡内7500石の領主として旧領を安堵され、山麓の御殿(居館・陣屋)と士屋敷
(さむらいやしき)を大改修して所領支配の拠点とした。
その後、妻木氏は3代続くが、万治元年(1658)城主頼次が後継ぎがないまま急死した為、断絶し廃城となった。
『現地説明板参照』
現況・登城記・感想等
妻木氏居館は、当初想定していたよりもずっと広く、3段に曲輪があり、あちこちに石垣が良好に残っていた。石垣好きな私としては、
満足・満足!
予想外に見応えのある居館跡に満足して、次は山上の妻木城へと思った矢先、ポツポツと雨が降り出した。今日は、
あいにく朝から霧雨混じりの空模様。そして、遂に本格的な雨に・・・。
夜中(早朝?)AM2:30に東京を発っての、本日の城めぐりの本命は、妻木城・金山城・久々利城・明智長山城の4山城で、
その最初の訪城予定が妻木城だった。
ウ~ン!登城を断念!!するしかないか!?
いつか再チャレンジするぞ!!
(2008/05/05登城して)
ギャラリー
【石垣・石垣・石垣】
あちこちに良好に残る石垣は、
予想外に素晴らしかった。石垣好きな私としては、満足・満足!
北側下から居館を見上げる(上段石垣の上が御殿跡)
山上の妻木城へは、この石垣右側の細い道路から登って行くようだったが、
残念ながら本格的な雨になってしまい、登城を断念!!
士屋敷跡(最下段石垣)
南西奥の石垣(石垣上は御殿屋敷跡)
蔵跡の石垣
道を挟んで居館跡の西側の御蔵跡石垣も良好に残っていたが、藪がひどく入って行くのは憚られた。
【御殿屋敷跡】
【門跡】
西側の門
御殿屋敷門跡
かなり崩れてしまってはいるが、かなり立派な門であったことが想像される門跡だ。
【池跡】
御殿屋敷の庭の池跡で、少し窪んでいるが、案内板がなかったらまず気が付かないだろうな。それよりも、
後ろの切岸様の崖の方がかっこ良かった!?
【井戸跡】
御殿屋敷跡には井戸跡が確認される。