常陸 多良崎城(ひたちなか市)

ひたちなか市に残された中世の城跡

別名

リウガイ城

所在地

茨城県ひたちなか市大字足崎字館

形状

平山城

現状・遺構

現状:城址公園
遺構等:曲輪、土塁、空堀、木戸跡、のろし台、水の手、石碑、説明板

満足度(10点満点)

3点

訪城日

2008/04/23

歴史等

この地は、旧真崎浦に半島状に突き出した要害の地で、多良崎城は標高30m、西・南・北側の3方が深田に囲まれた断崖の上に築かれ、 古くから地元では「リウガイ(要害の意見)城」と呼ばれていた。
江戸時代後期の地誌小宮山楓軒編「水府志料」には、常陸大掾吉田三郎兼幹の第二子多良崎盛忠の居所で、 鎌倉時代初期に築かれたものとしている。
しかし、昭和48年に旧勝田市史編さん委員会による初めて実測調査が行われ、 城跡の構造や本郭内の屋形跡から出土した常滑焼大甕の形式からみて、鎌倉時代末期から南北朝時代にかけて築かれたことが明らかとなった。
『現地説明板より』

現況・登城記・感想等

多良崎城は南北に細長い連郭式城郭で、南から北へと、本郭、二の郭、三の郭と続き、 三の郭から細長い通路を100mほど行った北端の郭(四の郭?)の北西隅に少しだけ高くなった狼煙台がある。
本郭と二の郭は周囲をめぐる土塁がよく残っている。また、二の郭と三の郭の間には空堀がはっきりと分かる形で残っている。
四郭の周囲下を見ると絶壁になっており、この城が要害の地にあることが分かる。
(2008/04/23登城して)

ギャラリー

多良崎城の図
南北に細長い連郭式城郭で、南から北へと、本郭、二の郭、三の郭と続き、 三の郭から細長い通路を100mほど行った北端の郭(四の郭?)の北西隅に少しだけ高くなった狼煙台がある。

城跡入口
城跡は公園としてよく整備されており、城跡入口に石碑と説明板がある。

㊧一の木戸跡と、㊨二の木戸跡
入口から入って行くと、一の木戸・二の木戸を通って行くが、 この赤い案内板が無ければまず気がつかないだろう。一の木戸には申し訳程度の垣根?が復元?され、 二の木戸の横には埋ってしまっているが堀切のような窪みがある。
 

大手門跡
大手門跡とは云いながら、ちょっとした単なる小さな虎口だ。ここを入ると本郭へ。

本郭
本郭の広さは50m四方程度。周囲を土塁がめぐっており、一部広い部分があるが、櫓台跡かも。

二の郭
二の郭の広さは本郭の半分程度。この郭も周囲を土塁が巡っている。

二の郭と三の郭間の土塁と空堀
空堀がはっきりと確認できる。また、土塁もこの土塁がこの城址で最も高いかな。

三の郭から二の郭方面を
写真奥は上写真の土塁と空堀。三の郭は、本郭と同じくらいの広さであるが、周囲は土塁が巡ってなかったのか、 確認出来なかった。

四の郭?
細長い郭で、説明板では四の郭とはなってなかったが、四の郭として良いのでは?  四郭の周囲下を見ると絶壁になっており、この城が要害の地にあることが分かる。やたらと井戸跡のような窪みが沢山あったが何だろう。

狼煙台
少し高くなっているだけで、赤い案内板がなかったら気がつかないだろうなあ。

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