大田原氏の分家の陣屋
別名
小塙館(おばなやかた)、小塙陣屋
所在地
栃木県那須烏山市小塙(JR烏山線小塙駅の北東200mほどの所)
形状
陣屋
現状・遺構
現状:畑、雑木林
遺構等:土塁、堀、説明板(半分字が消えてしまっている)
満足度(10点満点)
1点
訪城日
2008/01/15
歴史等
森田陣屋は、大田原綱清の次子増清により築かれた。
増清は、兄晴清と共に、天正18年(1590)の豊臣秀吉の小田原攻めに際し、主家那須氏に先んじて参陣し、
大田原氏は本領7千石余を安堵され、那須氏より独立を果たした。
そして、徳川家康による上杉征伐の折、家康に詳細を言上する等により、慶長5年(1600)秀忠よりこの地に8百石(一説に1千石)
を与えられ、陣屋を置いた。
その後、家康の小姓となり、加増され1千5百石となった。
2代政継の時に、交代寄合に列した。初代増清から数えて10代目の清直の時に明治を迎え版籍奉還した。
『現地説明板参照』
現況・登城記・感想等
森田陣屋は、ほとんどが田園となり、僅かに土塁等が残るだけである。
綺麗に耕された畑の奥に土塁跡があり、水堀が残っているとのことであるが、畑の中を入って行くわけにもいかず、
道路脇から写真を撮るだけにした。
尚、道路側にも堀跡らしき地形があったが、それがどうなのかは分からなかった。
(2008/01/15訪れて)
ギャラリー
土塁跡
土塁全体(表紙写真)を撮るのが、強烈な逆光だったので、位置を変えて、
最も高い部分をズームアップして撮った。
水堀跡?
道路側にも堀跡らしき地形があったが、それがどうなのかは分からなかった。