近江 別所山砦(余呉町)

賤ケ岳合戦の時に柴田勝家方の前田利家・利長父子が最初に陣を構えた砦

所在地

滋賀県伊香郡余呉町小谷

【行き方】
木之本ICを降り、国道365号線を10.5kmほど北進し、小谷地区を左(西)折する。
左折する場所に目標物がないので分かり辛いが、左折するとすぐのところに橋があり、その手前に「中谷山・大池山・林谷山・別所山・ 行市山 登山口」と書かれた黒い縦長の案内板がある。


橋を渡って、林道を3.2km行くと「行市山登山道」の看板がある。ここが登城口である。道の脇ぎりぎりに駐車可能。

尚、林道は当然舗装はされておらず、草も生え、轍もあり、おまけに非常に細い道で対向車(めったに来ないとは思うが) が来ると擦れ違いは大変だと思われる。

形状

砦(山城、陣城)  標高447.8m、比高45.8m

現状・遺構

現状:山林
遺構等:曲輪、土塁、虎口、空堀、土橋、説明板

満足度(10点満点)

3点

訪城日

2008/11/11

歴史等

別所山は鎌倉時代より別所山万福寺のあったところであるが、寺院は戦国兵乱の戦火により焼失している。
別所山砦は、天正11年(1583)の賤ケ岳合戦において柴田勝家方の陣地として、七尾城主前田利家、 府中城主前田利長父子が僅か2ヶ月余で砦を構築した。
前田軍が茂山へ移った後には、大聖寺城主拝郷家嘉が守備についた。
勝家の本陣・玄蕃尾城より、 行市山頂を経て別所山・中谷山・大池山・林谷山の各陣地は、 尾根を人馬によって駆け抜けられる道によって結ばれた強力な陣地として構築された。
しかし勝家軍は、これら強固な陣に拠って戦うことは一度もなく、余呉湖畔で敗北する結果となった。
『現地説明板他より』

現況・登城記・感想等

国道365号線から林道に入り、非常に狭い悪路を延々3.2kmほど山奥へと登って行くと行市山登山口へと到着。この林道、悪路で、 崖崩れの跡などが一杯見受けられるが、何処までも続いているようだ!!
さて、別所山砦であるが、この登山口から5分(比高45.8m)ほど登ったところにある。
郭内へは東側から土橋を渡って入るが、この土橋に対して横矢がかかるようになっている。
単郭で、直径50~60mほどの広さの円形(楕円形と言った方が正解かも)である。
郭の北側は谷に落ち込み、東西は深さ2mほどの空堀と高さ1mほどの土塁が残っている。
(2008/11/11登城して)

ギャラリー

登城口
車で、悪路を延々3.2km登って来ると、この登山口へと着く。この前に登城した玄蕃尾城よりも山奥へ入って来たような気がする。 玄蕃尾城で 「熊のウンチらしきもの」を見たあとだけに、この暗い山道を登って行くのが少しばかり・・・。しかし、鈴を鳴らしながら登城!!

郭内への土橋
郭の手前には空堀があり、土橋を渡り郭内へと入って行く。

横矢のかかった東側の土塁
郭の東と西には高さ1mほどの土塁が残っている。東側の虎口(上写真)のところの土塁は横矢がかかっている。 郭は、直径50~60mほどの広さの円形(楕円形と言った方が正解かも)である。

東側の空堀
堀は上幅約3m、深さ約2mほどで、かなり埋ってしまっているようだ。

西側の空堀
郭の西側にも空堀が残っている。規模は東側の空堀と同じくらいである。

行市山への道
別所砦からは尾根伝いに、北西へ行市山砦・玄蕃尾城、 北東へ中谷山砦・林谷山砦等々へと繋がっているようだが、時間等々(勿論、熊も怖いが)の関係で諦めた。いつか5~6人で来たいものだ。

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