ディズニー映画「白雪姫」の城のモデルになった
スペイン語名
Alcázar de Segovia
所在地
カスティーリャ・レオン州セゴビア県セゴビア
訪城日
2009/03/25
歴史等
聖書の世界では、セゴビアに初めて定住したのはノアの子孫の一人だったという伝説があるが、
現実的にはケルト=イベリアの時代にルーツがあるといえる。
歴史に登場するのはローマ帝国の時代であり、水道橋を残したのもこの時であった。
その後、イスラムの侵攻とともに町が放棄され、11世紀末にイベリア半島北部やフランスからやってきたキリスト教徒により再殖民され、
カスティーリャ王アルフォンソ6世の娘婿ライムンド・デ・ボルゴーニャ(ブルゴーニュ伯)により要塞と、
ローマ時代の防御壁の上に最初の城壁が建設された。
アルカサルは12世紀から13世紀にかけて、その要塞の上に建設された。1122年と1185年にはすでに文献に現れ、
賢王アルフォンソ10世は1258年と1278年にここで宮廷を開いている。
1474年、アルカサル内でエンリケ4世の訃報を聞いたイサベル・ラ・カトリカは、カスティーリャ王国の女王即位を宣言し、
以後スペイン再征服に向けて活躍することになる。
また1570年、スペイン黄金期に即位したフェリペ2世は、「黄金の間」で結婚式を挙げた。
その後、国の刑務所だった時期もある。
1764年、カルロス3世はスペイン初の軍事アカデミー・王立砲兵学校をアルカサルに置き、1862年までこの目的で使われていたが、
この年、ストーブの火の消し忘れで大火災が起き、城の大部分が焼け落ちたが、その後、再建されセゴビア軍事史文書館が置かれ、武器・家具・
絵画なども保存されている。
このアルカサルでは、コムネロス軍とカルロス1世の戦いと、1808年のナポレオン侵攻に対するレジスタンスがあったが、
どちらの戦いでも難攻不落の要塞としての威力を発揮した。
現況・登城記・感想等
エレスマ川とクラモレス川が合流する渓谷の上に聳えるアルカサルの姿は美しく、さすがディズニー映画「白雪姫」
の城のモデルになったというだけのことはある。
しかし、パック旅行のため止むを得ないとはいえ、城内へ入れないのは兎も角、傍に行って周りを見渡せなかったのは残念だった。
セゴビアは天然の要害である急崖の上にある城塞都市であるが、崖でない部分を削った高い切岸(西洋の城でもこの用語でいいのかな?)
も確認でき、まさに難攻不落の城の呈をなしている。
また、ローマ時代に築かれたという水道橋と旧市街が繋がる辺りには城壁も残り、そのコラボレーションが何とも良い。
(2009/03/25訪れて)
ギャラリー
ローマ水道橋
セゴビアの見所は1に水道橋、2にアルカサルであろう。
この水道橋は15km離れたアセペダ川の水を町まで引くために、紀元1世紀前後に建造された。全長は728mに及び、
最も高い所は28mに達するという。アーチの数は167個で、そのうち36個は1072年イスラム教徒の王・アル・マムーンに破壊され、
15世紀にオヒバ(尖方形アーチ)に整えられた。この水道橋には接合剤が一切使われておらず、
1884年まで水は上部を通ってセゴビアの町に供給されていた。1928年以降も同じ所に水道管が設置され、
今尚その役目を果たしているとのことだ。

城壁
水道橋と繋がる辺りには城壁が残っており、そのコラボレーションが何とも良い。

セゴビア旧市街を仰ぎ見る
セゴビアは天然の要害である急崖の上にある城塞都市であるのがよく分かる。

切岸?
西洋の城でも「切岸」という用語が妥当かどうか分からないが、崖でない部分を削った高い切岸も確認でき、
石垣が築かれている。

アルカサル全景
城壁の外側にはエレスマ川とクラモレス川に沿って遊歩道がめぐっている。
この丘陵先端部を見上げる辺りはアルカサルの全景を見るのに絶好の場所であり、市民の憩いの広場になっている。

