- 陸奥 浪岡城(青森市)
- 陸奥 弘前城(弘前市)
- 陸奥 田舎館城(田舎館村)
- 陸奥 斗南陣屋(むつ市)
- 陸奥 田名部館(むつ市)
- 陸奥 野辺地城(野辺地町)
- 陸奥 七戸城(七戸町)
- 陸奥 八戸城(八戸市)
- 陸奥 八戸根城(八戸市)
- 陸奥 三戸城(三戸町)
- 陸奥 五戸館(五戸町)
- 陸奥 五戸古館(五戸町)
浪岡御所と尊称された名族北畠氏栄枯盛衰の城
南部氏の侵入を防ぐため堅固に築かれた名城は東北唯一の現存天守が残る
千徳氏110年の居城。今は見事な「田んぼアート」が
戊辰戦争に敗れた会津藩が、賊軍の汚名をきせられ飛ばされた本州最北の陣屋
盛岡南部藩直轄地として下北半島統治の本拠地としての代官所が置かれた
七戸南部氏分流野辺地氏の城、江戸期は代官所が置かれ、幕末には野辺地戦争の舞台
奥州における南朝方の一大拠点、且つ津軽に対する備えの城
南部重直が後継を定めず没したため、南部領10万石のうち、弟直房に八戸2万石を与えられ分家
奥州における南朝方の中心・南部師行が築城、今も広大な史跡が残る
南部一族の本拠。九戸の乱後には盛岡城へ移る。
対津軽防衛上の三戸城の前進基地
永正年間(1504~20)に南部方の木村秀清が築城
