伊勢 小岐須城(鈴鹿市)

小岐須城跡に建つ遍照寺

亀山城主関盛信の弟小岐須盛光の居城、蒲生氏郷に攻められ落城

所在地

三重県鈴鹿市小岐須町1028、遍照寺

形状

平山城(標高180m、比高約20m)

現状・遺構等

【現状】 遍照寺
【遺構等】 曲輪?、土塁?、空堀?

満足度

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訪城日

2011/08/16

歴史等

小岐須城(おぎすじょう)は永禄年間(1558~70)に亀山城主(亀山古城)の関盛信の弟小岐須盛光が居城したとされ、その子・盛経は織田氏に属したが、天正12年(1584)羽柴秀吉の部将蒲生氏郷に攻め滅ぼされた。
『日本城郭大系10等より』

現況・登城記・感想等

小岐須城跡には遍照寺が建てられている。
お寺の裏(北西)側から南西にかけて結構規模の大きい土塁や空堀がある。また、南西から南は森になっており、そこに一段低い削平地があり曲輪跡かと思われた。
「日本城郭大系10」によると、「城跡は、大部分が遍照寺境内となり、西側を空堀で区切り、本堂裏にあたる空堀は、幅4m、深さ2mほどのもので、西側の南半分には幅7~8m、高さ5mの大きな土塁が屈折して築かれ、高さ1.3mの土塁が・・・・・・。」と記されている。
しかし、寺の世話人の方に、それら遺構について尋ねたら「小岐須城は、蒲生氏郷に攻められ落城したのちに遍照寺が建てられ、その時に全て取り壊されたので、今残る土塁等は、その時に築かれたもので、小岐須城時代のものは全く残っていない。」とのことであった。ガックリ(/。ヽ)。
尚、城に関する碑や説明板等も全くない(/。ヽ)。
(2011/08/16訪れて)

ギャラリー

遍照寺の裏の大規模な土塁
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遍照寺の裏の大規模な土塁と空堀
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