館主大石久右衛門良信並びにその室志茂等の墓
忠臣蔵で有名な大石内蔵助5代の祖久右衛門良信の館
別名
大石久右衛門良信館
所在地
滋賀県大津市大石東1丁目10-6(浄土寺の裏山)
浄土寺:電話077-546-1059
形状
館
現状・遺構等
【現状】 山林
【遺構等】 曲輪、墓、石積み、石柱、説明板
満足度
★☆☆☆☆
訪城日
2011/02/23
歴史等
大石氏は、遠くは藤原鎌足から発し、山城国田原郷と共に大石庄を領有していた藤原秀郷の流れを汲む豪族である。
応仁の乱でこの系統は一族討死し一家断絶したが、遠縁の小山氏より小山久朝を迎えて大石家を再興し、大石内蔵助良雄の先祖となった。
この館の主で、大石内蔵助良雄5代の祖大石久右衛門良信は近江八幡城の豊臣秀次に仕え、嫡男良照は本貫地の大石本家を守り、次男内蔵助良勝は播州赤穂城主浅野家筆頭家老として仕えた。
『浄土寺説明板より』
現況・登城記・感想等
浄土寺の裏手右後方の削平地が館跡で、その土台に石積みが確認できる。この曲輪以外にも幾つか曲輪跡と思われる削平地が確認できる。
また、寺の裏に墓地があり、その一段高い削平地に大石内蔵助良雄の5代前でこの館の当主の大石久右衛門良信並びにその室志茂の墓等がある。
それにしても、大石内蔵助の先祖が大津市とは知らなかった。道理で、一時、大津から近い山科に隠遁したわけだ?(笑)。
(2011/02/23訪れて)
ギャラリー
大石氏の菩提寺「浄土寺」
浄土寺は大石氏の菩提寺の十禅寺跡に元和2年(1616)に建てられた。寺へ入り、左手のトイレマークの下に「大石屋敷跡・祖先の墓」の案内がある。
大石東館と大石家石塔・墓の案内
案内板に従い、寺の裏の墓の傍を歩いて行くと、「内蔵助祖先並大石家菩提寺旧跡碑」と「大石良雄5代ノ祖並鎌倉末期石塔・墓」への案内板が立っている。右側の道を歩いて行くと「大石東館」、左の方へ登って行くとTOP写真の大石家墓所がある。
館跡
左上に館跡が見えてくる。周囲には、この曲輪以外にも幾つか曲輪跡と思われる削平地が確認できる。右の竹藪下も削平地になっており、曲輪跡だろう。
石積み
館(曲輪)跡へ登って行くと、その土台部分に石積みが確認できる。
曲輪跡とそこに立つ石柱
曲輪跡には「史跡 大石久右衛門良信邸趾」の石柱が立っている。