信濃 犬甘城(松本市)

この地の豪族犬甘氏の鎌倉時代以来の城

所在地

長野県松本市蟻ヶ崎1219(城山公園)

形状

山城

現状・遺構

現状:城山公園
遺構等:曲輪、土塁、堀切、説明板

満足度(10点満点)

4点

訪城日

2007/12/09

歴史等

犬甘城(いぬかいじょう)は、築城年代や築城者については定かではないが、鎌倉時代以来、この地の豪族犬甘氏の持城で、 戦国時代を通じて重要な城塞であった。
天保14年(1843)には、時の松本城主戸田光庸が藩の管理下にあったこの城山を、民のなぐさめにと桜や楓を植えて開放したという。
明治8年(1875)松本に設置された最初の公園となった。
『現地説明板より』

現況・登城記・感想等

犬甘城は、市民の憩いの場として、きれいに整備された城山公園になっており、今日も多くの人が出ていた。
城は西側の断崖に沿って南北に長く続く典型的な連郭式構造で、それぞれの曲輪間を堀切で断っている。
往時とは改変された所も多いかもしれないが、曲輪や堀切はよく残っている。中でも、2郭と4郭間の堀切は見応えがある。
また、西側の断崖側には、堀切や竪堀の代りをするように自然に食い込んだ地形もあり、まさに天然の要害である。一方、 東側は相当な改変があるのであろう。まさに芝生のなだらかな「丘の公園」といった風情である。
各郭から西方面の眺望は非常に良い。さらに、6郭には展望台が建ち、その上からの360度のパノラマは本当に素晴らしい。 西には槍ヶ岳や常念岳をはじめとする北アルプス、東には松本城も見える。ただ今朝は残念ながら、北アルプスには雲がかかり、また東方面は、 多少靄がかかり、その上逆光で松本城は薄っすらとしか見えなかった。
(2007/12/09登城して)

ギャラリー

犬甘城(城山公園)の案内図
犬甘城(城山公園)案内図

犬甘城全景(東側から)
西側の断崖に沿って南北に長く続く典型的な連郭式構造で、それぞれの曲輪間を堀切で断っている。
写真は東側の芝生のなだらかな丘の向こうに、右(北)1郭から左(南)4郭までを撮影。
城の高さは、東側は4~5m程度のものである。

1郭の北側の竪堀様の崖
西側の断崖側には、他にも堀切や竪堀の代りをするように自然に食い込んだ地形があり、 まさに天然の要害である。

1郭(40m×20mほどの広さで、東屋が建っており、素晴らしい景色が眺められる)
犬甘城1郭

2郭から1郭と3郭を
手前が2郭。台の上が1郭で、1郭の右(東)下の腰郭が3郭。
手前の石碑は、天保14年(1843)に、時の松本城主戸田光庸が藩の管理下にあったこの城山を、 民のなぐさめにと桜や楓を植えて開放した記念の碑で、嘉永3年(1850)のものである。

2郭と4郭間の堀切(この堀切はなかなか見応えがあり、この城の大きな見どころである)

4郭と5郭の間
4郭と5郭の間は、自然に食い込んだ崖(まさに断崖絶壁)を利用した堀切になっており、 4郭の南と東側には堀跡のような地形がある。

上写真右側の竪堀のような食い込んだ崖
写真では分かり辛いが、断崖絶壁である。

4郭下の堀跡?
4郭の下、東側と南側一部は堀跡のようになっており、その外側には土塁跡のような地形も残っている。 東側はなだらかすぎるし、往時は全面に堀があったのかも?。

5郭から6郭を
5郭と6郭の間にも小規模ながら堀切跡が見られる。6郭には展望台が建てられており、 360度のパノラマが楽しめる。

展望台から西方の北アルプス方面を
今朝は残念ながら、北アルプスには雲がかかっていた。天気が良ければ、槍ヶ岳・ 常念岳をはじめとする山々が眺められ、見事な眺望であろうことがわかる。

展望台から東(松本市街地)方面を
東方面は、多少朝靄がかかり、その上逆光で松本城は薄っすらとしか見えなかった。

トップページへ このページの先頭へ

コメント

この記事へのコメント

名前

メールアドレス

URL

コメント