信濃 井川城(松本市)

主郭隅の櫓跡と推定されるという土塁

信濃守護小笠原氏の鎌倉時代末頃からの城館

別名

井川館

所在地

長野県松本市井川城1丁目4552番地口

形状

館(平城)

現状・遺構等

現状:宅地、田園
遺構等:土塁、碑、説明板

満足度

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訪城日

2007/12/09

歴史等

小笠原定宗は建武の新政の際、信濃守護に任ぜられ、足利尊氏にしたがって活躍し、その勲功の賞として建武2年(1335) に安曇郡住吉荘を与えられた。その後信濃へ国司下向に伴い守護として国衙の権益を掌握し、信濃守護の権益を守る必要からか、 伊那郡松尾館から信濃府中の井川の地に館を構えたとみられる。
井川館を築いた時期は明確ではないが、「小笠原系図」では貞宗の子政長が元応元年(1319)に井川館に生まれたと記されているので、 鎌倉時代の末にはこの地に移っていたとも考えられるがはっきりしない。
現在の指定地は、地字を井川といい頭無川が濠状に取り囲んで流れており、主郭の一部と推定される一隅に櫓跡の伝承がある小高い塚がある。
『現地説明板より』

現況・登城記・感想等

井川城跡は、田んぼの中に、主郭隅の櫓跡と推定されるという、こんもりとした塚があり、説明板と碑が設置されているだけである。
当然のことながら、このようなほとんど何も残っていない城跡ほど見つけるのが難しい。今回も、ナビに井川城という地名があり、 その近辺を探し回ったあげく諦めて、次の予定(犬甘城) へ井川城口の信号を細い道を北へと向かうと「井川城跡→」という案内板が見つかった次第である。
(2007/12/09登城して)

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