信濃 伴野氏館(佐久市)

南東部の水堀の外側から主郭を

佐久西部に勢力のあった土豪伴野氏の館

別名

野沢館、野沢城、伴野城

所在地

長野県佐久市野沢字中小屋、城山公園(薬師寺の西、金台寺の北)
金台寺:野沢十二町106、電話0267-62-2514
薬師寺の駐車場を拝借

形状

館、平城

現状・遺構等

現状:城山公園
遺構等:曲輪、土塁、水堀、標柱、説明板

満足度

★★☆☆☆

訪城日

2008/12/25

歴史等

伴野氏館(野沢館)跡は、鎌倉~室町時代に佐久群西部に威をふるった伴野庄の地頭・伴野氏の居館と考えられている。また、 戦国時代初期頃に館を兼ねた城として増改築されたと考えられている野沢城の主郭部分にあたる。
室町時代中期には、詰めの城として前山城を築き、 さらに後には本拠を前山城に移した。
野沢城は、16世紀末に戦乱の末、廃城となったが、佐久地方に侵攻してきた武田氏や村上氏など有力氏の支配拠点などとして利用された。
江戸時代には官庫・陣屋・藩出張所などとして存続し、明治時代以降は神社境内や官公地となった。
現在は、公園と神社境内地となっている。
『現地説明板、前山城址説明板他より』

現況・登城記・感想等

伴野氏館跡は、東西74~85m、南北110mの南北に長い長方形で、周囲に土塁と堀を廻らせた城の主郭部分にあたる。
土塁は北側と東側・西側の北半分が残存しているだけであるが、幅も広く、なかなか重厚感があり、高さも3mほどある。
主郭周囲の水堀は、往時よりかなり狭くなっているとは思われるが、全周が残存しており、綺麗な水が流れている。
この辺りは、湧き水が豊富なようで、地図を見ると、さらに外周を水路が廻っているようだが、二の丸や三の丸をも囲む外堀の名残だろうか?
城跡は現在、公園として綺麗に整備され、さらに工事を進めるようだが、 遊具や小動物園などを置いたりした中途半端な公園にはして欲しくないものだ・・・。
(2008/12/25登城して)

ギャラリー

土塁
土塁は北側と東側・西側の北半分が残存しているだけであるが、幅も広く、なかなか重厚感があり、 高さも3mほどある。

西側の土塁
この西側の土塁は、他よりも高いようで、重厚感充分で、登ってみた。
 

北側の水堀と土塁
主郭外周の水堀は、この北側の堀もそうであるが、往時よりかなり狭くなっているようだが、 全周が残存している。表紙写真は、主郭東南部から東側と南側の水堀を撮ったもので、この辺りだけは復元されたようでかなり広い。

西側の水堀と土塁
この主郭北西部の辺りの堀と土塁が、隣のお宅の土塀と相俟って、最も雰囲気がある。

土橋と物見櫓台
この主郭南側の土橋は、平成14年の確認調査で明らかになった入口施設で、 堀から続く側面に石積みを伴って見付かったとのこと。また、奥の大伴神社が鎮座する高台は物見櫓跡である。

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コメント

伴野 達治(2013/02/16)

私は静岡市清水区に在住しているものです
初めて佐久市に伴野城があるのをしりました
私も伴野の性を名乗るものとしぜひ一度現地に行って
見たいと思います。もしかしたら私のルーツがわかるかも?

タクジロー(2013/02/17)

伴野達治さま
当サイトへのご訪問とコメントをありがとうございます。
伴野城跡は、予想外によく整備され残されています。
是非、一度、立ち寄ってみて下さい。
今後とも、宜しくお願い致します。

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