発掘調査中の粟屋勝久居館跡
国吉城の麓に構えた城主の居館
所在地
福井県三方郡美浜町佐柿、若狭国吉城歴史資料館の北西
【アクセス】
国道27号線「木野信号」から約800m東進し、斜め右に入り(国吉城の案内板あり)徳賞寺方面へ向かう。500m程進むと左手に駐車場がある。ここから、若狭国吉城歴史資料館の方へ歩いて行くと左手に見える。
若狭国吉城歴史資料館:美浜町佐柿25-2、電話0770-32-0050
徳賞寺:美浜町佐柿25-18、電話0770-32-1345
形状
館
現状・遺構等
【現状】 発掘調査中
【遺構等】 曲輪、土塁、石垣、遺構案内板、説明板
満足度
★★☆☆☆
訪城日
2011/04/24
現況・登城記・感想等
国吉城は、典型的な戦国時代の山城で、城郭は、大きく分けて城山山頂部の山城部(詰城)と、その山麓の城主居館部(根古屋)で構成されている。
城主居館部は、谷間に塁段状の削平地が幾重にもあり、土塁や石垣が残されている。
平成13、14年度の発掘調査で、石垣や石組溝、敷石遺構のほか、礎石立建物跡が発見された。出土した遺物の時期や遺構の様相などから、16世紀後半頃のものと思われる。
平成16年度の調査では、16世紀末から17世紀初め頃のものと思われる、居館跡正面の大規模な石垣も確認された。
発掘調査は、今も継続中のようで、全容が解明され、遺構跡を廻って見れるようになるのが待ち遠しい。
(2011/04/24訪れて)
ギャラリー
詰城と居館を
駐車場から国吉城歴史資料館に向かって歩いて行くと、左手に居館正面の石垣とその上の方に詰城(国吉城)が見えてくる。
居館正面の石垣
塁段になっている居館跡
居館は城山の南麓一帯に段々状に削平地が幾重にもあり、最下段が最も広く、上にいくほど小さくなる。古くから国吉城主と家臣団の屋敷跡と伝えられてきた。
石組溝
礎石立建物跡
上段の方から居館跡全景を