徳川家の始祖松平氏発祥の地の詰城
別名
郷敷城
所在地
愛知県豊田市松平町三斗蒔
形状
山城(標高298m)
現状・遺構
現状:山林
遺構:曲輪、土塁、空堀、井戸、櫓台、石碑、説明板
満足度(10点満点)
4点
訪城日
2007/04/28
歴史等
応永の頃(1394~1427)松平氏の始祖親氏が築いたと云われる。
跡を継いだ2代泰親(親氏の弟。一説には子。)が三男信光(松平宗家3代)とともに岩津(岡崎市)
に進出してからは、次男信広の居城となったと伝えられる(信広、信光は親氏の子との説もある)。
信広は松平郷松平家(松平太郎左衛門家)の祖となり、子孫はその後も松平郷にとどまって442石取りの交替寄合旗本となった。
廃城の時期については、文禄の頃(1592~1595)との説があるが定かではない。
『現地説明板より』
現況・登城記・感想等
松平郷は、以前(1991年5月6日)来た時は、車で来るのも大変な山奥だったという記憶があるが、
今では高速道路がすぐ傍まできており、非常に便利になった。とは言え、今尚、山あいの鄙びた郷の風情をよく残している。
徳川家の発祥の地といえる松平郷であるが、松平氏館跡でもある松平東照宮の方は訪れる人も多いが、
ここ松平城まではなかなか来ないようである。
城跡は登城道も各曲輪跡もよく整備され歩き易い。松平城は、山頂の主郭を中心に、
4つの曲輪を段階的に配置した連郭式の典型的な土豪の山城である。
(2007/04/28登城して)
ギャラリー
松平城全景
㊧登城口、㊨登城口に立つ石碑
㊧主郭、㊨主郭南隅の巨岩の上に立つ石碑
櫓台(曲輪4前面<西隅>には櫓台が)
井戸跡(井戸跡は羊歯の葉に隠れていて、
最初は分からず戻ってしまうところだった。)