
桜井松平氏の居城
所在地
愛知県安城市桜井町城阿原
形状
平城
現状・遺構
現状:公園
遺構等:曲輪、土塁、模擬冠木門、石碑、説明板
満足度(10点満点)
1点
訪城日
2008/06/05
歴史等
豪族小浦嘉平治が城を構えたと言われ、文明3年(1471)松平信光の安祥城進出により、松平氏の支配下に入ったと推定されている。
1520年代、松平親房(安祥松平初代松平親忠の三男)の居城となり、次いで信定(安祥松平2代松平長親の三男)が居城し、
桜井松平氏の祖となり、城も整えた。
2代清定-3代家次-4代忠正-5代忠吉と継ぎ、天正18年(1590)6代家広が、徳川家康の関東移封に従い、武蔵松山城に移り、
廃城となった。
『現地説明板他より』
現況・登城記・感想等
国道23号線藤井インターから岡崎方面へと、県道44号線を北上し、保育園前信号を過ぎた辺りの道路沿い左側の公園が桜井城址である。
説明板には、「碧海台地が湿地帯へ舌状に突出した天然の要害に築城」となっているが、今ではすっかり市街に埋もれ、
全く往時を偲ぶよすがもない。
公園の隅に結構広い土塁が残り、現代の石垣で周りを固められている。土塁上には立派な石碑が立っている。また、
公園へ入った所には模擬冠木門が建てられている。
(2008/06/05登城して)
ギャラリー
土塁上に立つ石碑
公園への入口付近に建つ冠木門と公園