伊勢 禅林寺城(菰野町)

禅林寺本堂と境内に立つ千種忠顕卿追遠之碑

後醍醐天皇の忠臣千種忠顕の子顕経が当初拠った城

所在地

三重県三重郡菰野町下村191(禅林寺)
禅林寺:電話059-393-2040

形状

平城

現状・遺構等

現状:禅林寺
遺構等:千種忠顕卿追遠之碑

満足度

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訪城日

2010/11/29

歴史等

元弘3年・正慶2年(1333)、後醍醐天皇の挙兵に際して戦功のあった千種忠顕は、建武元年(1334)三重郡24を拝領し、 目代伊藤吉治を置いた。
忠顕の二子顕経は、南朝の重臣で伊勢国司の北畠顕康の命により三重郡に数城を築き、自らは禅林寺城に拠り緒城を統括したが、 のち千種城を築き移った。
『「千種城址説明板」、「日本城郭体系10」参照』

現況・登城記・感想等

城跡の面影は全くなく、禅林寺境内に千種忠顕卿追遠之碑が立つだけだ。
本堂は、明治8年に菰野陣屋の書院を移築したものであったが、 あまりにも古くなり、改修するには費用が膨大となるため平成20年(2008)新築したそうだが、本堂内の欄間と須弥壇の横柱? は再利用したものだそうだ。
(2010/11/29訪れて)

ギャラリー

禅林寺本堂
本堂は、明治8年に菰野陣屋の書院を移築したものであったが、 あまりにも古くなり、改修するには費用が膨大となるため、平成20年(2008)に新築したそうだ。

須弥壇
本堂内の欄間と須弥壇の横柱?(黒っぽいのがそれ)は、菰野陣屋の書院のものを再利用したそうだ。

㊧境内に立つ千種忠顕卿追遠之碑、㊨千種忠顕卿菩提所の碑
ここが城跡であることを思い起こさせてくれるものといえば、この2つの石碑と、 境内にある寺に関する説明板の中で僅かに触れられている説明だけだ。
 

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