座喜味城(読谷村)

二の郭へのアーチ門と二の郭物見台城壁(右)

名築城家・護佐丸が築城し、中城へ移るまで居城した

別名

読谷山城

所在地

沖縄県中頭郡読谷村座喜味

形状

平山城(標高:127m)

現状・遺構等

現状:【世界遺産】
遺構等:曲輪、石垣、門

満足度

★★★★☆

歴史等

座喜味城は、15世紀の初頭築城家としても名高い護佐丸によって築かれたといわれる。
護佐丸は当初、座喜味の北東約4kmにある山田グスクに居城していたが、1416年(1422年の説もある)、中山尚巴志 (ちゅうざんしょうはし)の北山城攻略に参戦、 北山攻略後は戦後処理のため一時北山城にとどまったといわれ、 その間に座喜味の地へ築城を開始し、1422年に座喜味城に居を移した。そして1440年、王府の命により中城城へ移るまでこの地で過ごした。
座喜味城跡は1972年の本土復帰に伴って国の史跡に指定され翌年の10月から沖縄県で初めて史跡整備事業が文化庁と県の補助金を受けて開始された。 整備事業に伴う遺構発掘調査がなされ、成果を上げた出土遺物はグスク系土器と須恵器が少量、中国製陶磁器や古銭などがあり、 これらの出土品中、最も多いのは中国製の青磁と陶器で、これらの中国陶磁からみると、15世紀から16世紀までのものがみられることから、 座喜味城は護佐丸が1440年に中城城へ移った後も16世紀まで存続していたと考えられている。
城跡は座喜味部落北側の小高い丘、標高120m余の名護層からなる台地を石灰岩の切石積で取り囲んで築かれており、 城は2つの郭からなる連郭式の形態になっている。城郭内の面積は約4,012.51平米で沖縄のグスクとしては中規模である。
この城には一の郭と二の郭にアーチの門がそれぞれ一つずつ造られているが、アーチ石のかみ合う部分、 門の表と裏両面にクサビ石がはめられており、他のグスク等には類例がみられない。 このことから座喜味城のアーチ石門が現存する沖縄で最古のものと見られている。
『参考:現地案内板、サイト沖縄インターネット放送局』

訪城日

2002/11/24

現況・登城記・感想等

典型的な沖縄のグスクなのであろう。丸みを帯びた郭を囲む精密に切り石で組まれた布積みの石垣と、 その郭へ入るアーチ式の門が何ともいえず良い。沖縄のグスクの石垣の高度な技術には感心させられる。また、石垣の上に登ることが出来、 そこから見る郭や石垣、そしてその向こうに見える海原や那覇市内の眺望も素晴らしい。(2002/11/24登城して)

ギャラリー

城址石碑

一の郭へのアーチ門
当日はライブがあるのか、その準備でおおわらわのようだった。

一の郭と殿舎の礎石

一の郭からの眺望

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