常陸 麻生陣屋(行方市)

家老屋敷記念館に移築された表門(薬医門)

慶長9年以来、新庄氏267年間の陣屋

所在地

茨城県行方市麻生1147-1麻生小学校
麻生小学校:電話0299-72-0049

形状

陣屋

現状・遺構等

現状:麻生小学校
遺構等:家老屋敷、表門、説明板

満足度

★☆☆☆☆

訪城日

2009/01/18

歴史等

麻生藩主新庄家の先祖季俊は、源頼朝に仕え奥州衣川・厨川の戦いに軍功をたてた。伊吹山麓の近江新庄に住し、 俊名のとき新庄を姓とした。
豊臣秀吉に仕え、摂津高槻城主であった直頼は、関ヶ原合戦で西軍に味方するが、徳川家康との旧縁により、会津若松城主の蒲生秀行に預けられた。
慶長9年(1604)召し出され、駿府で家康に謁見し、ついで江戸城で2代将軍秀忠に謁し、 このとき常陸及び下野に麻生3万3百石を与えられ、陣屋を築き立藩した。
延宝4年(1676)、5代直矩が没したとき嗣子がなく所領を没収されたが、前藩主直時に1万石をもって再興させ、 明治維新まで267年間移封もなく存続した。
『「大名の日本地図・中嶋繁雄著(文春新書刊)」、「藩と城下町の事典(東京堂出版刊」、「現地説明板」参照』

現況・登城記・感想等

陣屋跡は麻生小学校の敷地になり、校門を入った奥に陣屋絵図付きの説明板が設置されている。但し、絵図は薄くなりほとんど見えない。
小学校の南東角には安政4年(1857)に再建されたという家老屋敷(畑家)と表門(薬医門)が残り、家老屋敷記念館になっている。
また、小学校の北にも家老屋敷(三好家)が残っているが、こちらは明治13年の建築だそうだ。尚、 ここには御子孫の方が住んでおられるようだ。(2009/01/18訪れて)

ギャラリー

陣屋跡地は小学校に
陣屋跡は麻生小学校の敷地になり、校門を入った奥に陣屋絵図付きの説明板(写真左奥)が設置されている。 但し、絵図は薄くなりほとんど見えない。

家老屋敷(畑家)
現存する主屋は、安政3年(1856)に火災で焼失し、翌安政4年に再建された。明治23年(1890) 福田家の所有となり、平成3年福田家より 旧麻生町に寄付され、平成4年に表門を含め修復整備したものである。現在は、 記念館になっているが、見学はPM4:00までで、今回は入れなかった。

表門
薬医門形式である。建造年は不明である。この門も、福田家がその保存に尽力され、町に寄贈された。

家老屋敷(三好家)
三好家は藩主新庄氏が常陸入国に伴って客分として特別の待遇を受け、 後に藩士となり数代に渡り家老職を勤めた。特に、明治維新期には、旧麻生藩の整理や郡・県政などに大きな功績を残した。 現在の居宅は明治13年の建築であるが、式台玄関や間取りに昔の武家住宅の様式を伝えている。 麻生藩の藩士は陣屋を取り囲むようにして屋敷を構えていた。

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