安芸 星ケ城(安芸高田市)

登城口

毛利家家臣・星野、長屋氏が居城、吉田盆地の南の入口を桂城と共に固める

所在地

広島県安芸高田市吉田町桂

形状

山城(標高:370m、比高160m)

現状・遺構等

遺構等:土塁、堀切、模擬(城門、大手門、櫓門)、碑

満足度

?????

訪城日

2002/02/09

歴史等

吉田盆地の南の入り口を桂城と共に固めるような位置にあるとのこと。 城主は毛利家の家臣である星野氏、後には長屋氏と伝えられている。

現況・登城記・感想等

星ケ城について訪城したときには、その存在さえ知らず、広島市内から国道54号線で郡山城址猿掛城址などに登城するために北上していたら、 たまたま「星ケ城」の看板を見つけ少しだけ登っただけで引き返してしまった。
帰って来てから調べてみると、何と、標高370m・比高160mもある相当な山城であることが分かった。おまけに、 土塁や堀切等が残っており、城門(冠木門)・大手門・櫓門まで造られているとのことである。今後も、 なかなか行けそうにはない所であるだけに、非常に残念なことをして悔いが残る登城であった。(2002/02/11登城して)

ギャラリー

檜門(模擬櫓門)

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コメント

長屋寿和(2010/05/14)

このページを拝見し、様々な思いが込み上げてきました。
この「星が城」の南西に「槙ヶ城」という城が存在していました。
現在の広島市内に移る際に城は壊したと聞いてます。
城の入り口には、「厳島神社」があり、世界遺産に認定された「宮島・厳島神社」との関連も伝え聞いてます。先祖の中には宮島の厳島神社でザシュと呼ばれた方が何名か出たとのことです。
この神社の横に城に住んでいた先祖の墓があり、昔、盗掘にあったと祖父から聞いた事があります。

タクジロー(2010/05/15)

長屋寿和さま
ご訪問とコメントありがとうございます。
「星が城」へは、8年ほど前に、広島へ出張した際に、何の知識も無く寄りました。
広島は遠くて、なかなか行けませんが、いつか再度じっくり見て廻りたいと思っております。
槙ヶ城についても調べてみたいと思います。
ところで、「ザシュ」というのはどういう方なのでしょうか?

長屋寿和(2010/05/26)

返事が遅くなり、すいません。
座衆(ザシュ)は、神社の神主などの類だと思われます。
実際のところ、私もよくわかっていません。
私の祖父が常々、言っていた言葉で、「毛利さんあっての吉田、吉田あっての毛利さん」。土地柄を把握し、領内の人員配置など、吉田に関連のある人たちが、自慢できる武将である事は間違いありません。
さて、お城めぐりの旅ですが、何かきっかけがあり、始められたものと思います。
吉田に点在する「山城」など散策される際には、マムシ・熊などの類いには、お気をつけになり、過去の「将」が生きた証を紹介していただければと思っております。

タクジロー(2010/05/27)

長屋さま
ありがとうございます。
いろんな書籍に毛利元就という人物の偉大さを紹介しておりますが、長屋さまのコメントで、吉田における「毛利元就」が如何なる位置?にあるかがよく分かったような気がします。
まさに郷土の英雄ですね。
マムシ、スズメバチ、熊、猪は、いつも気をつけているつもりですが、歳とともに益々気になってきています(苦笑)。
中国地方には、まだまだ登城したい城址がいっぱいあります。
また、いろいろ教えて下さい。

長屋和明(2011/12/25)

厳島神社の神主であった藤原親藤が1444年他界し、毛利家の庶家である長屋忠親の次男、教親が、藤原家に養子となり、厳島神主家を継いだと当家の家系図に記載あります。
 
尚、教親の長男である宗親は、父である教親の死後、厳島神主職を継ぎましたが、弟の興親に職を譲り、伯父である長屋泰親(教親の兄)の養子として長屋家の家督を継いでいます。

タクジロー(2011/12/25)

長屋和明さま
当サイトへのご訪問とコメントをありがとうございます。
長屋家は毛利氏の系統なのですね。
星ケ城主であると同時に神主であったということでしょうか?
今後とも、ご教示のほど宜しくお願い致します。

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