モシリヤチャシ(釧路市)

外郭から内郭を(奥が内郭、右手前土塁上が外郭)

ヲニシトムシの砦?、代表的な「お供え餅(山)型チャシ」

別名

サルシナイチャシ、ポロチャシ

所在地

北海道釧路市城山1丁目
【アクセス】
地図にもナビにも載っているので、すぐ見付かると思います。但し、駐車場はありません。私は、早朝だったので道端に停めました。

形状

丘頂式チャシ

現状・遺構等

【現状】 雑木林(国指定史跡)
【遺構等】 郭、土塁、空堀

満足度

★★★☆☆

訪城日

2009/10/14

歴史等

モシリヤチャシは、サルシナイチャシ(葦の生えている沢にあるチャシ)、ポロチャシ(春採湖畔のウライケチャシに較べて大きいチャシ)、或いは単にチャシコツと呼ばれていたが、この一帯がモシリヤ(川中の島の対岸の丘)と呼ばれていたため、史跡指定の段階で地名をとって「モシリヤチャシ」と申請された。
モシリヤチャシのある釧路市城山は、かつて「サルシナイ」と呼ばれる沼沢地で、モシリヤチャシは、葦の生い茂る中に島状をなしていたものらしい。
釧路川河口に近い丘陵先端頂部にあるモシリヤチャシ跡は、長径約170m、短径約70mの楕円形をなし、南部の内郭(本砦)と北部の外郭(副砦)に分かれている。高さ5~6m、幅2~3mの段が北東側に3段、南西側に2段重ねられ、鏡餅の格好をした「お供え餅型」或いは「お供え山型」と呼ばれるものである。
最高所の内郭の周囲には空堀もめぐらされている。そして、堀を掘った土を内側に盛り上げて土塁にし、土塁の上には柵がめぐらされていたらしい。柵の中には丸太を組み上げた櫓もあった。
江戸時代に蝦夷地を探検した松浦武四郎は、このチャシを「ホロチャシコツ」と記しており、また「これは当所の乙女メンカクシの先祖ヲニシトムシの城跡なり」としている。
また伝承では、寛延年間(1751~64)にトミカラアヤノというアイヌが築造したとされている。
『「日本の名城・古城もの知り事典(主婦と生活社刊)」、「歴史と旅・日本城郭総覧(秋田書店刊)」、「日本城郭大系(新人物往来社刊)」参照』

現況・登城記・感想等

モシリヤチャシ跡は、釧路市街地のど真ん中にある小山だ。
チャシ跡に着いて見上げると、芝生に覆われた土塁や堀等の緩やかな曲線が美しい。それにチャシとしては、規模もかなり大きい。
このチャシは、南側の内郭と北側の外郭の2つからなり、前方後円墳のように2つの小山が連なり、内郭の方がやや高い。
外郭側から内郭方面を眺めると、櫓台のように少し角張った土塁上にある内郭とその周囲の空堀や土塁、また外郭から内郭にかけての緩やかな曲線のコラボレーションが実にかっこいい。
尚、チャシ跡への登り口が見当たらず、北端の何とか登れるような所から登ったが、チャシ周囲が金網フェンスで囲まれていたことから考えると登山禁止だったのだろうか??
また、これだけ素晴らしいチャシ跡で国指定史跡だというのに、説明板や碑の類いが見付からなかった。何処かにあったのだろうか??
(2009/10/14訪れて)

ギャラリー

北東部下から見上げる
チャシ跡に着いて見上げると、芝生に覆われた土塁や堀等の緩やかな曲線が美しい。それにチャシとしては、規模もかなり大きい。中央上が外郭、左上奥に見えるのが内郭。
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南下から内郭を見上げる
南下から見上げると、真上に内郭が見える。南側は、かなりの急斜面になっている。
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北側から登って行く
登り口が分からず、北側の隙間から登って行くと、うねってきれいなチャシの姿が見える。右上頂部が外郭、左奥頂部が内郭。
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外郭から内郭を
外郭側から内郭方面を眺めると、櫓台のように少し角張った土塁上にある内郭とその周囲の空堀や土塁、また外郭から内郭にかけての緩やかな曲線のコラボレーションが実にかっこいい。
DSC01501

外郭
外郭上からは周囲の景色がよく見える。北方面と西方面を眺めると家並みの向こうに釧路川が見える。この写真は、北方面を撮ったもので、家並みの向こうに釧路川が光って見える。
DSC01503

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