武蔵 岡部陣屋(深谷市)

全昌寺に残る移築現存長屋門

今川氏の元家臣安部氏の陣屋、幕末に西洋砲術家高島秋帆の身柄を預かる

所在地

埼玉県深谷市岡部町岡部

形状

陣屋

現状・遺構等

現状:市街地
遺構等:移築長屋門(全昌寺:深谷市岡3313、TEL048-585-4337)、移築地方通用門(市指定史跡、深谷市西島町)

満足度

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訪城日

2008/03/09

歴史等

岡部藩安部家の祖信勝は最初、今川義元・氏真につかえ、のち徳川に属した。天正18年(1590) 家康の関東入部にともなって武蔵国榛沢郡と下野国梁田郡において5千2百石を知行した。
その子の信盛は、関ヶ原合戦、大坂の陣に出陣し、大番頭となり三河国八名郡を与えられ、 さらに大坂定番に昇進し摂津国内を加増され1万5千石の大名となった。
4代信峯の宝永2年(1705)に岡部に陣屋を構えた。代々大坂定番を務めた。
幕末の当主信宝は、西洋砲術家高島秋帆が投獄された時、秋帆の身柄を預かった。
最後の藩主となった13代信発は明治元年(1868)、三河国半原(愛知県新城市)に陣屋を移したが、わずか4年で廃藩置県を迎えた。
『「藩と城下町の事典(東京堂出版刊)」、「大名の日本地図・中嶋繁雄著(文芸春秋刊)」より』

現況・登城記・感想等

陣屋跡は住宅地等となり、「高島秋帆幽囚の地」の碑が建っているだけである。
全昌寺(市内岡3313)に長屋門、西島町に地方(じかた)通用門が移築されている。
(2008/03/09訪れて)

ギャラリー

移築長屋門を表側から
長屋門は全昌寺の脇門として使われているようである。TOP写真のように寺院内から見ると、 さすが大名の陣屋門だけあって2階建ての立派な門であるが、表側はトタン板が張りつけられ、窓にはアルミサッシが取り付けられるなど、 保存状態は決して良好とは言えない。

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