丹波 岩尾城(丹波市)

二の丸から天守台と本丸の石垣を望む

16世紀初頭築城、光秀により落城後、佐野氏が大改修し総石垣の城に

別名

蛇山岩尾城(おろちやまいわおじょう)

所在地

兵庫県丹波市山南町和田(和田小学校の裏山)
和田小学校:丹波市山南町和田1、TEL0795-76-0002
車は和田小学校の向かいにある公民館の駐車場を拝借しました。

所要時間

和田小学校から主郭部まで40分強。今回の見学時間は1時間50分でした。

形状

山城(標高358m、比高約230m)

現状・遺構等

現状:山林
遺構等:天守台、曲輪、土塁、石垣、空堀、竪堀、堀切、井戸、碑、説明板

満足度

★★★★★

訪城日

2008/02/05

歴史等

岩尾城は、和田日向守斉頼が永正13年(1516)に築城したと伝えられている。その子、作右衛門師季が跡を継いだが、明智光秀の丹波攻略によって天正7年(1579)に落城した。
その後、天正14年(1586)になって近江から佐野下総守栄有が入部して城郭を改修した。
しかし、豊臣秀吉の命によって廃城となり、慶長元年(1596)に破却された。
『現地説明板より』

現況・登城記・感想等

登城前から期待していたが、それ以上に素晴らしい城跡であった。
蛇山頂上部の天守台を中心に本丸周辺に残る石垣の素晴らしさは勿論であるが、眺望の良い登城道はかなり急坂で、特に本丸への最後の崖道は危険とさえ感じるが、楽しく登城できる。ハイキングコースになっているのがよく分かる。
天守台までは約40分ほどで到着した。
(2008/02/05登城して)

ギャラリー

岩尾城縄張図(現地説明板より) ~クリックにて拡大画面に~
岩尾城は、北側の曲輪は土塁や堀切によって中世戦国的時代の山城の要素を持ち、南側の佐野氏によって改修され石垣を使った近世城郭様式と併存して機能していたことが特徴的です。
岩尾城縄張図

岩尾城遠景
中央の高い山が岩尾城址
蛇山岩尾城遠景

登城口
和田小学校と子供達が描いた城の案内板

岩尾城は和田小学校のすぐ裏の山です。登城口へは、和田小学校の校舎と体育館の間を通って行くが、その前に子供が描いた可愛いらしい登城道の案内板がある。そして、「登城で校内を通る際には学校に電話を入れて欲しい」旨の案内がある。電話をかけると「気をつけて登ってきて下さい」との気持ちのよい返事があった。尚、登城道は、5~600mほど東にある親縁寺から登るハイキングコースもあるようだが、時間はかなり掛かりそう。
01登城口遠景 01登城口案内図

山麓の屋敷群跡
学校裏からの登城道へ行くと、山麓は屋敷群跡のようで塁段になっています。
蛇山岩尾城山麓の屋敷群跡

さあ登城開始
山林内の登城口へ入った所
登城道は、ハイキングコースとして整備されています。
登城道

尾根上の分岐点
登城口から、ひたすら山道を7分ほど登ると尾根上に出、ここからは眺望が一挙に開けます。そこには「右:大手門曲輪を経て親縁寺、左:岩尾城」の案内板が設置されています。そのすぐ右に物見台跡らしき地形があり、その手前には竪堀が2本確認されます。
分岐点

物見台?
どう見ても物見台のような地形で、眺望も良いが説明はありません。写真手前は竪堀です。
物見台

竪堀
実際には竪堀だと分かりますが、写真にすると例によって、ただの藪です(;´▽`A``。
竪堀

尾根道
分岐点から、岩尾城天守台を目指して左へと進むと、そこからは急傾斜の尾根道をひたすら登ることになりますが、眺望がよく、また、途中何箇所かに竪堀が確認できるので気持ちよく歩けます。
尾根道1 尾根道2

南曲輪
分岐点から急な尾根道を登ること、11~12分ほどで南曲輪跡へ到着します。ここからの山麓の景色はなかなかのものです。
南曲輪

南曲輪跡からの眺望
DSC06028

下知殿丸曲輪
南曲輪跡から再び尾根道を少し進むと下知殿丸曲輪へと出ます。
下知殿丸曲輪

下知丸曲輪跡から天守台石垣を望む
下知丸曲輪跡からは木々の間を通して、右上の頂上部に天守台の石垣が少し見えます。ズームアップして写真を撮りましたがピンボケに・・・(/。ヽ)。
天守石垣

堀切
下知殿丸曲輪跡から少し進むと堀切が現れます。堀切の底には「←登山道」・「←堀切と堀井戸」・「←天守台へ」の3つの案内板が設置されています。
堀切1

井戸と竪堀
案内板に従い進むと、左側が崖の道(崖側へ傾斜しているので結構危険です)へと出、1~2分で井戸へ出る。この井戸は、標高300m近い山上にある珍しい井戸で、深さが約7mあるとのことです。井戸には水が溜まっていました。井戸の前(崖側)は竪堀(堀切)になっているので、気をつけながら通過します。 
井戸

石垣が
井戸を通り過ぎると、ちょっとした石垣が現れます。出丸の石垣でしょうか。
石垣

天守台への分岐点
しばらく進むと「天守台(右折)」と「人間地獄(直進)」への分岐点へと出ます。「人間地獄」とは何なのかは分かりませんでしたが、取り敢えず右へ曲がり天守台への坂道へ向かいます。
天守への分岐点

急坂道
ところが、この坂道が並みではないのです。強烈な坂道です。幸い、階段になっているので何とか登れましたがネ。
急坂道

西の丸の石垣①
坂道をしばらく登って行くと、左手に立派な石垣が現れます。西の丸の石垣です。
西の丸石垣1

西の丸の石垣②
西の丸石垣2
 

城門の石垣 ~クリックにて拡大画面に~
西の丸の石垣を左手に見て登って行くと、城門跡の石垣が見えて来ます。いよいよ岩尾城の石垣群です。左の石垣は西の丸の石垣です。
城門石垣

西の丸
西の丸

石垣群が
城門跡から入って行くと、左上に石垣群が見えて来ます。多くが草に埋もれてるとは言えなかなかのものです。一番上が天守台石垣です。
石垣群

二の丸から本丸と天守台石垣を① ~クリックにて拡大画面に~
下の石垣上が本丸で、その上の石垣が天守台石垣です。規模は大きくはないが、二重、三重になった石垣はかっこいいです。破却されたとは云いながらも、よくこれだけ残っていてくれたものです。
二の丸から天守台を

二の丸から天守台石垣を②
DSC06078

天守台上へ向かう
二の丸から本丸へ登って撮ったもので、天守台上には碑が立っています。左奥のベンチがある所は、古城物見台です。
石垣群2

本丸跡から二の丸跡を
二の丸跡に縄張図付きの説明板が設置されています。
二の丸を

天守台上へ
天守台は9m×6mの長方形で、高さ3mの石垣で築かれています。 
天守台上

天守台からの眺望①
天守台上から南方面を見下ろしたものです。
天守台からの眺望1

天守台からの眺望②
天守台上から西方面を見下ろしたもので、前方下は西の丸跡です。
天守台からの眺望2

天守台から北側の土塁(古城物見台)を
古城物見台

土塁(古城物見台)から天守台を ~クリックにて拡大画面に~
古城物見台から天守台を

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