大和 下狭川城(奈良市)

下狭川城西側の空堀

地元国人狭川氏惣領家の単郭の館城、主郭周囲の空堀が良好に残る

読み方

しもさがわじょう

所在地

奈良県奈良市下狭川町
【アクセス】
中墓寺の裏山の奥約400mほどに城跡。中墓寺の駐車場を拝借しました。
中墓寺:奈良市下狭川町2060、電話0742-95-0612

所要時間

中墓寺から城跡まで約5分

形状

丘城(標高176m、比高36m)

現状・遺構等

【現状】 山林
【遺構等】 曲輪、土塁、空堀、石碑

満足度

★★☆☆☆

訪城日

2016/02/03

歴史等

下狭川城は、室町時代に狭川氏によって築かれた。
狭川氏は、箸尾氏の率いる長川党に属した国人で、室町時代から戦国時代にしばしば春日若宮祭礼の長川方願主を務めている。一族結合の形をとっており、下狭川が惣領家、上狭川が狭川福岡家であった。
狭川氏は、筒井氏・古市氏の有力勢力とも、巧みに対立の間隙をぬって地位を保った。
戦国時代には、簀川氏と大柳生庄を争ったりしたが、山内に地歩を固めつつ、国中の政争にも関与して、戦国時代末期まで勢力を誇った大和の典型的な中級国人である。
『日本城郭大系10参照』

現況・登城記・感想等

下狭川城は、大和国山内に数多い方形単郭の館城です。
曲輪の北側から西側にかけて取り囲む空堀は、竹藪や倒木が多く、荒れ放題となっていますが、幅は5mほど、深さは堀底から曲輪上まで5~6m、外側土塁上まで2~3mほどあり、なかなか見応えがあります。ただ、空堀の中が荒れ放題で、竹藪や倒木が多いのが残念です。
また曲輪内の北東部分も完全な藪状態です。
(2016/02/03登城して)

ギャラリー

墓地が・・・
中墓寺の東側の道を南へ向かって2~3分ほど歩いて行くと、右手前方に墓地が現れ、その左側は堀切のようになっています。その堀底道を通り抜け、さらに南へと歩いて行きます。
墓地

土橋?
堀底道を通り抜け1~2分ほど進むと土橋のような・・・。左側は空堀で右側は急崖の谷です。空堀の向こうの切岸上が主郭です。 
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主郭北側の空堀
主郭北側の空堀は荒れ放題で倒木だらけですが、上部幅約10mほど、深さ6mほどと規模も大きく見応えがあります。
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主郭西側から北側にかけての空堀
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主郭西側の空堀
主郭西側の空堀も荒れ放題で竹藪になっていますが、上部幅は5mほど、深さは堀底から曲輪上まで5~6m、外側土塁上までも2~3mほどあり、なかなか見応えがあります。尚、土塁左下は急崖の谷です。
IMG_0300

主郭
主郭は南北に長く、南北約80m、東西40~50mほどでしょうか。
IMG_0296

主郭北東部分は薮
主郭北東部分は強烈な藪で入っていけそうにありません。
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腰曲輪?
主郭南東下は平坦地となっていますが、腰曲輪跡でしょうか? 尚、この奥の方に馬場跡があるらしいのですが行きませんでした。
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