対馬 中村屋形(対馬市厳原町)

厳原町中村地区の武家屋敷の石塀と武家門

対馬島主10代宗貞国が対馬中部の峰町佐賀から移り築いた館

別名

中村館

所在地

長崎県対馬市厳原町中村

形状

現状・遺構等

【現状】 対馬南警察署ほか
【遺構等】 説明板

満足度

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訪城日

2015/07/13,14

歴史等

室町時代、対馬は阿比留氏に代わって宗氏が治めていた。
島主10代・宗貞国はほぼ対馬中部の佐賀に居館を構えていたが、応仁2年(1468)に厳原町中村(対馬南警察署近辺とされる)に新しい館(府城)を築いて移った。
館はのちに「中村屋形」と称された。やがて、厳原は城下町として繁栄したが、その基礎は時に定まったといえる。
その後、大永6年(1526)に宗家14代将盛が今屋敷に池ノ屋形を築いて移った。
『「現地説明板」、「日本城郭大系17」ほか参照』

現況・登城記・感想等

中村屋形は対馬南警察署付近にあったとされるそうですが、定かではないようです。
中村地区は平安時代に形作られたそうですが、現在の町並みは、寛文時代(1660年代)に対馬藩中興の祖といわれた宗義真によって屋敷町として整備された町割がもととなっており、石塀や武家門が当時の武家屋敷の雰囲気をとどめています。
(2015/07/13、14訪れて)

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