カステル・ヌオーヴォ(ナポリ)

カステル・ヌオーヴォ正面全景

アンジュー家ナポリ王カルロ1世がナポリ港の近くに新たに築いた城

イタリア語名

Castel Nuovo

別名

アンジュー家の要塞(Maschio Angioino)

訪城日

2016/05/21、05/22

歴史等

11世紀半ば、ノルマン人が南イタリアに到来し、イスラム教徒が支配するシチリア島を征服してシチリア王国を建国した。ノルマン人の支配は南イタリアにも拡大され、1139年にはナポリ公国もノルマン人の手に落ちた。
そして、ノルマン王ルッジェローニ2世は、ナポリ湾の中ほどに突き出た小島に卵城(正式名カステル・デローヴォ、Castel dell'Ovo)を築いた。さらに、ルッジェローニ2世の跡を継いだグリエルモ1世はカプアーノ城を築いた。
13世紀末に、フランスの聖王ルイ9世の末弟カルロ1世が、ローマ教皇よりシチリア王に封ぜられてナポリ入りし、戦争によって南イタリアを手に入れた。
カルロ1世は、居城であった卵城とカプアーノ城が不便であったことから、港の近くに建っていた教会(現サンタ・マリア・ラ・ノーヴァ教会)を北に移転させて、1284年にカステル・ヌオーヴォ(Castel Nuovo)が建設された。
しかし、内部のパラティーノ礼拝堂以外はその後の災害のため破壊され、1443年にアラゴン家のアルフォンソ1世が現在の形に再建した。
『「ナポリと南イタリアを歩く・小森谷賢二・慶子著(新潮社刊)」、「地球の歩き方・南イタリアとマルタ」他参照』

現況・登城記・感想等

日本語で「新城」と訳す「カステル・ヌーヴォ(Castel Nuovo)」は、シチリア島も含めてイタリアの至る所にあるようですが、その代表格が、ナポリのこの「カステル・ヌーヴォ」でしょう。混乱するので、特定できる名前を付けて欲しいものですよねえ(苦笑)。
さて、このナポリのカステル・ヌオーヴォは、見るからに重厚な外観です。5本の塔で構成され、正面入口の塔の間の「アルフォンソの凱旋門」は見事な浅浮彫りで装飾されています。
また、ナポリ湾から眺めるナポリの街並みは、 「ナポリを見てから死ね」ということわざに相応しい美しい光景ですが、その中でも、港のすぐ向こうのカステル・ヌオーヴォとその後方上に見える稜堡型のサンテルモ城のコラボは存在感満点です。
また、カステル・ヌオーヴォの左(南)には王宮も見えます。
団体ツアーのため、入城できなかったのが残念でしたが、外観を見るたけでも充分見応えがあり、それなりに満足しました。
(2016/05/21、05/22訪れて)

ギャラリー

ナポリ遠景 ~画面をクリックにて拡大~
 当写真はナポリ港からカプリ島へ向かう時に撮ったものですが、ナポリ湾から眺めるナポリの街並みは、 「ナポリを見てから死ね」ということわざに相応しい美しい光景です。
正面の港のすぐ背後にカステル・ヌオーヴォ、丘の上にはサンテルモ城が見えます。また、カステル・ヌオーヴォの左側の赤い建物が王宮です。
ナポリ眺望

ズームアップ  ~画面をクリックにて拡大~
中でも、カステル・ヌオーヴォとその後方の丘の上に見える稜堡型のサンテルモ城のコラボは存在感満点です。
カステルヌオーヴォとサンテルモ城

ナポリの夜景 ~画面をクリックにて拡大~
また、ナポリの夜景は世界三大夜景の一つとも言われるだけあって素晴らしいですネ。我々のツアーでは、夜景を見ることは出来なかったのですが、同じころに南イタリア旅行に行っていたO上さんから写真を送って戴いたので掲載しました。
ナポリ夜景

カステル・ヌオーヴォ正面 ~画面をクリックにて拡大~
カステル・ヌオーヴォは、ナポリ港のすぐ西側に建っていますが、海の反対側(西側)が正面で、入口には「アルフォンソの凱旋門」があります。
カステルヌオーヴォ

アルフォンソの凱旋門 ~画面をクリックにて拡大~
正面入口の塔の間の「アルフォンソの凱旋門」は見事な浅浮彫りで装飾されています。
アルフォンソの凱旋門

海(東)側から
当写真はナポリ港からカステル・ヌオーヴォを撮ったものですが、立ちはだかるような城壁は「ザ・要塞」といった感じです。
カステルヌオーヴォ海側

北側から
カステル・ヌオーヴォの北~北西は広場になっていますが、北部分は発掘調査中のようでした。
カステルヌオーヴォ北面

発掘調査中?
発掘調査

南側から
カステルヌオーヴォ南面

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