権現台場(函館市)

神山稲荷神社の社殿裏に残る土塁

旧幕府脱走軍が四稜郭と五稜郭の重要な結節点に設けた台場

所在地

北海道函館市神山3丁目
【アクセス】
四稜郭の南西約1kmで、神山小学校の南東へ約250mにある「神山稲荷神社」がが台場跡で、神社前に駐車可能。
神山小学校:函館市神山町233−1、0138-32-7211

形状

台場(砲台)

現状・遺構等

【現状】 神山稲荷神社
【遺構等】 土塁、説明板

満足度

☆☆☆☆

訪城日

2012/08/01

歴史等

元治元年(1864)、五稜郭が完成した時、鬼門(東北)の守護神とするため、東照宮がこの地に建てられた。
明治元年(1868)、五稜郭を占拠した旧幕府脱走軍は松前方面の攻略に成功し、蝦夷地を平定し、翌明治2年、五稜郭北部守備のため四稜郭を急造、さらに五稜郭との重要な結節点にあたる東照宮に砲台(権現台場)を設けた。
しかし、同年、この砲台は新政府軍の攻撃を受け、東照宮も社殿を焼失した。
権現台場が占領されたため、四稜郭に居た旧幕府脱走軍は退路を断たれることを恐れ五稜郭へ撤退した。5月18日には五稜郭が開城され、榎本武揚以下が降伏して戦争は終わった。
『「現地説明板」、「四稜郭説明板」他参照』

現況・登城記・感想等

権現台場跡には、現在では東照宮ではなく神山稲荷神社が建っているが、その社殿を囲むように、社殿裏にL字形に土塁が残っている。土塁の他の部分が残っていないのでどれくらいの広さがあったのか分からないが、それほど大きなものではなかったと思われる。
(2012/08/01訪れて)

ギャラリー

箱館戦争時の権現台場の位置図(四稜郭説明板より)
01四稜郭位置図

権現台場の現況
この地にあった東照宮に土塁を築き、権現台場と称した。現在では東照宮ではなく神山稲荷神社が建っている。
IMG_3765

神山稲荷神社社殿脇に残る土塁
当写真から左奥へと、社殿を取り囲むようにL字形に土塁が残っている。
IMG_3767

トップページへ このページの先頭へ

コメント

この記事へのコメント

名前

メールアドレス

URL

コメント